劇団夜想会(代表・野伏翔氏)による「めぐみへの誓い―奪還」という舞台劇があります。

拉致被害者の横田めぐみさんと両親の滋さん、早紀江さんを中心に、同じく拉致被害者の田口八重子さん、救出活動に取り組む荒木和博さん(現特定失踪者問題調査会代表)、大韓航空機爆破事件の犯人金賢姫や北朝鮮国内で反体制分子として弾圧される人々など、それぞれの人生を点描しながら〝金王朝〟の苛酷さと、日本人拉致の理不尽さ、被害者の救出(奪還)を訴える演劇です。

雑誌『正論』編集者として横田滋・早紀江御夫妻に出会ってから20年近く…。この間、我が国は「国家」として拉致問題の解決にどのように取り組んできたか。また、メディアは…。国民の一人として忸怩たるものが込み上げてきます。

初演は平成22年1月でした。

「演劇人として、北朝鮮による日本人拉致事件を風化させない、被害者救出のために何かできないだろうか」

舞台は、こうした野伏さんの熱意から生まれ、私も共同企画者として関わっています。

野伏さんとはそれ以前、石原慎太郎元都知事が原作・総指揮をつとめた映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」をなんとか舞台化できないかと相談を受け、ならば当時私が編集長をつとめていた『正論』の創刊35周年記念事業として取り組もうと決め、石原氏を口説いて平成20年8月、靖国神社奉納野外劇として上演にこぎつけて以来、折節語り合い、時に痛飲する関係です。舞台版の「俺は、君のためにこそ死ににいく」は夜想会の定番になりました。

第二次安倍政権で初代拉致問題担当大臣をつとめた古屋圭司さんが舞台を観に来てくれ、その肝いりで、商業演劇としてスタートした「めぐみへの誓い」は、現在政府と全国各地の自治体が共同しての「拉致問題啓発演劇」というかたちで上演されることになりました。

拉致問題に関し、私は同じような文章をあちこちに書いています。くどい!と言われますが、一人の日本人として「寄せては返す波の音」でありたいと思っています。

当時13歳の横田めぐみさんが新潟市の海岸で北朝鮮に連れ去られてから41年が過ぎました。平成14年の小泉首相の訪朝で金正日は拉致の事実を認めました。5人の被害者が帰国しましたが、めぐみさんや田口八重子さんらはすでに死亡したとして、他人の「遺骨」をめぐみさんのものとして引き渡すなど、虚偽説明を繰り返し、その後も死亡との主張を変えていません。指導者が金正日から金正恩に代わっても同じです。

横田滋さんは86歳、早紀江さんは82歳です。めぐみさんは今年の誕生日(10月5日)で55歳になります。なんと長い歳月を囚われの身で過ごしているか…。

拉致被害者の増元るみ子さんの父、正一さんは17年前、息子で、るみ子さんの弟の照明さんに、「俺は日本を信じる。お前も日本を信じろ」と言い残して79歳でこの世を去りました。

田口八重子さんの兄で、現在「家族会」代表の飯塚繁雄さんと「めぐみへの誓い―奪還」観劇後の懇親会で同席した折、飯塚さんは「毎年〝今年こそ〟と思いながら、期待と落胆を繰り返して長い時間が過ぎた。私もいい歳になった。もう残り時間がない」と嘆息されました。無念を噛みしめる表情に、私はかける言葉が見つかりませんでした。

日本は信じられる国なのか――。

劇中、横田滋さんを演じる原田大二郎さん(初演時は小野寺昭さん)がこう語ります。

「(拉致の)犯人はわかっている。(被害者が)監禁されている国もわかっている。それなのになぜ取り戻せない…」

なぜ取り戻せないのか――。

現行憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」させられ、そしてそれをいまも後生大事に抱えて現実を直視しなくなった戦後日本国民の意識が変わっていないからです。

現実の世界は「平和を愛する諸国民」の存在を前提にできません。

憲法9条をいくら唱えようが、これまで拉致被害を防ぐこともできなかったにもかかわらず、いまに至るも拉致被害者の救出のために軍事力を用いることは憲法上できないし、すべきでないというのが大勢でしょう。

ところが、同胞を救出するための〝超法的措置〟はとれないが、テロの恫喝に屈して法を曲げることは厭わない。不問に付す。

昭和52年(1977)9月に起きた日本赤軍による日航機ハイジャック事件。日本赤軍はインド上空で日航機をハイジャックし、バングラデシュのダッカ空港に強行着陸させ、拘留中の仲間9人の釈放と身代金を要求しました。時の福田赳夫首相は「人命は地球よりも重い」として、超法規的措置を決め、乗客・乗員の生命と引き換えに服役・拘留中だった「東アジア反日武装戦線」のメンバーらを釈放し、600万ドルもの大金を渡しました。

ここに戦後日本の欺瞞が現れていると思います。

演劇などで事態を動かせるものか、という批判を受けます。恐らく野伏さんはもっと辛辣なことを言われてきたでしょう。しかし、沈黙や無関心は被害者の存在を忘れ、見捨てることです。日本人は同胞が受けた理不尽と無念を忘れない。必ず助け出す。多勢に無勢だろうともその意思を示し続ける。蟷螂の斧だろうとも、諦めなければ、それはうねりとなって事態を動かす可能性がある。一国の意志が何によって形成されるかを考えるとき、けっして無駄ではないと確信しています。

そんな思いを共有する者たちが集まって、「めぐみへの誓い―奪還」の映画化プロジェクトが始動しました。私もその列の中にいます。日本国内だけなく、この問題を知らない世界の人々に北朝鮮による国家犯罪の実態を伝え、国境や人種を超えて事件解決(被害者救出)へのエネルギーにつなげてゆく。

皆さんにも関心を持っていただければ幸いです。

http://megumi-movie.net/index.html

「めぐみへの誓い―奪還」の今後の公演予定です。入場無料ですが、事前申し込みが必要です。

詳しくは内閣官房 拉致問題対策本部事務局のHPを。

●平成31年1月23日(水)大分県大分市・コンパルホール

●1月29日(火)千葉県市川市・行徳文化ホール

●2月7日(木)埼玉県蕨市・蕨市民会館ホール

●2月20日(水)大阪府豊中市・豊中市立文化芸術センター

【上島嘉郎からのお知らせ】

●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい

『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する

『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)

http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。

・平成30年12月21日〈IWCの脱退と日本人の殺生観/北方領土問題~ロシアの主張に学べ/ゴーン再逮捕~日本人の他力本願と被害者意識/マティス米国防長官辞任〉

・平成30年12月26日〈沖縄県民投票~歴史を直視せよ/言葉を削り取ると時代が見えなくなる/トランプ大統領「チベット相互訪問法」に署名/IWC脱退 閣議決定〉

●靖國神社社報『靖國』(第760号/平成30年11月)に拙稿が掲載されました。