12月5日、アニメ版『鬼滅の刃』(遊郭編)の放送が始まりました。(フジテレビ系:日曜午後11時15分)。

〝音柱〟宇髄天元(うずい・てんげん)とともに炭治郎らが吉原に巣食う上弦の鬼と戦う新シリーズです。

『鬼滅の刃』をご存じない方、興味のない方も多いと思いますが、少しお付き合いください。

『鬼滅の刃』は、吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)さんの漫画で、『週刊少年ジャンプ』(集英社)で平成28年(2016)から令和2年にかけて連載されました。大正時代を舞台に、家族を鬼に惨殺された少年竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、唯一生き残ったものの鬼に変えられてしまった妹禰豆子(ねずこ)を人間に戻すため、また人々を鬼から守るため「鬼殺隊」の仲間、我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)、嘴平伊之助(はしびら・いのすけ)らとともに死闘を繰り広げるという物語です。

単行本は全23巻。単行本の1巻から7巻までを原作に平成31年(2019)4月、〈竈門炭治郎「立志編」〉としてテレビアニメ化されると人気に火が付き、一気に社会現象化しました。

テレビ版の最終話からつながる〈無限列車編〉が令和2年(2020)10月から劇場版として公開されると、コロナ禍にもかかわらず史上最速の公開10日間で興収100億円を突破し、その後も驚異的なスピードで記録を更新。国内で歴代1位だった『千と千尋の神隠し』を抜いて400億円超、国内を含め世界全体で500数十億円の興行収入を上げています。

制作会社ユーフォーテーブルの映像表現力の高さ、配給元の東宝とアニプレックスの計算された宣伝戦略やマーケティング手法などが〝大人の世界〟では論じられることが多いようですが、そうした「商売」の話とは別に、私は素直に作品そのものに敬意を表するものです。よくぞ平成、令和の時代に「忘れ去られた、置き去りにされた日本人の気概」を蘇らせてくれた、と。

『鬼滅の刃』は、凄い作品だと思います。

惹き込まれて、コミックス全23巻、テレビアニメーション〈竈門炭治郎「立志編」〉全26話、映画〈無限列車編〉、すべて繰り返し読みました、観ました。

そして…、還暦過ぎの男が、落涙を抑えられませんでした。

吾峠呼世晴さんは女性で、平成生まれ(福岡県出身)のようです。

素晴らしい作品を描いてくれたことに深く感謝します。

「永遠というのは、人の想いだ。人の想いこそが永遠であり、不滅なんだよ」

鬼殺隊を率いる産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)が、鬼の始祖である鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)にこう語ります。

一個の肉体的な生命ではなく、受け継がれる「人の想い」こそが永遠なのだ、と。

後に続くを信ず…というのは、日本人たることの核心なのですね。

『鬼滅の刃』を未見で、これから読もう、見ようとお考えの方は、本稿は物語の詳細に触れますので御注意ください。作中前半で、私が深く心にとどめておきたいと思った場面を以下に。

〝水柱〟冨岡義勇が炭治郎に投げかけた言葉。

〈コミックス第1巻〉「残酷」より

――鬼の討伐に現れた義勇。禰豆子の命乞いをして土下座する炭治郎を叱責する

義勇 生殺与奪の権を他人に握らせるな!! 惨めったらしくうずくまるのはやめろ!! そんなことが通用するならお前の家族は殺されてない。

奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が妹を治す? 仇を見つける? 笑止千万!! 弱者には何の権利もない。悉(ことごと)く強者にねじ伏せられるのみ!!

妹を治す方法は鬼なら知っているかもしれない。だが、鬼共がお前の意志や願いを尊重してくれると思うなよ。当然、俺もお前を尊重しない。それが現実だ。

なぜ、さっきお前は妹に覆い被さった。あんなことで守ったつもりか!?

なぜ斧を振らなかった。なぜ俺に背中を見せた!! そのしくじりで妹を取られている。お前ごと妹を串刺しにしても良かったんだぞ。

――義勇に圧倒される炭治郎

義勇 泣くな。絶望するな。そんなのは今することじゃない。

お前が打ちのめされているのはわかっている。家族を殺され、妹は鬼になり、つらいだろう。叫び出したいだろう。わかるよ。(略)

怒れ。許せないという強く純粋な怒りは手足を動かすための揺るぎない原動力になる。脆弱な覚悟では妹を守ることも、治すことも、家族の仇を討つこともできない。

――次に私が心にとどめたいと思うのは、〝円柱〟煉獄杏寿郎の至誠、強き者、先に立つ者の責務と母との絆。

〈コミックス第8巻〉~映画「無限列車編」より

――杏寿郎、炭治郎の前に上弦の鬼・猗窩座(あかざ)が出現する

猗窩座 弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫酸が走る。

杏寿郎 俺と君とでは物ごとの価値基準が違うようだ。

猗窩座 そうか。では素晴らしい提案をしよう。お前も鬼にならないか?

杏寿郎 ならない。

(略)

杏寿郎 老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ。強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない。

(略)

猗窩座 どう足掻いても人間では鬼に勝てない。

杏寿郎 俺は、俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!

(略)

――斃れそうな杏寿郎の脳裏に蘇る幼き日の母との会話

杏寿郎の母(杏寿郎に向かって)なぜ自分が人よりも強く生まれたのかわかりますか。

杏寿郎 …………………………うっ、…わかりません!

母 弱き人を助けるためです。生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません。天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように。

杏寿郎 はい!!

母(杏寿郎を抱きしめて)私はもう長く生きられません。母は強く優しい子の母になれて幸せでした。あとは頼みます。

――杏寿郎、猗窩座との戦いに最期の力を振り絞る

杏寿郎 母上、俺の方こそ、貴女のような人に生んでもらえて光栄だった。

(略)

――死力を振り絞った杏寿郎の前から逃走する猗窩座

炭治郎 煉獄さんの方がずっと凄いんだ!! 強いんだ!! 煉獄さんは負けてない!! 誰も死なせなかった!! 戦い抜いた!! 守り抜いた!!

お前の負けだ!! 煉獄さんの勝ちだ!!

――炭治郎、伊之助、号泣

杏寿郎 もうそんなに叫ぶんじゃない。(略)

最後に少し話をしよう。(略)

胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさに、どれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を喰いしばって前を向け。君が足を止めて蹲(うずくま)っても、時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない。

俺がここで死ぬことは気にするな。柱ならば、後輩の盾となるのは当然だ。柱ならば、誰であっても同じことをする。若い芽は摘ませない。竈門少年、猪頭(いのがしら)少年、黄色い少年、もっともっと成長しろ。そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ。俺は、信じる。君たちを信じる。

――杏寿郎の亡き母が現れる

杏寿郎 母上、俺は、ちゃんとやれただろうか。やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?

母 立派に、できましたよ。

――杏寿郎、笑顔で事切れる

作者は、物語の初めに「まず強くあれ! 泣き言を云うな」と炭治郎を叱咤します。炭治郎は鬼殺隊の剣士になるため、今日の価値観では排除されがちな「鍛錬」に耐え、成長してゆきます。

そして、煉獄杏寿郎の死闘を目の当たりにし、「強き者の責務」を諭されます。

『鬼滅の刃』は、見事なビルドゥングスロマン(Bildungsroman)です。私が少年時代に読み耽った梶原一騎の『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』『愛と誠』といった作品群に通じるものを感じます。

少年は、志を立て、自らを鍛錬し、困難を乗り越え目的を達する。そして、弱きを助け強きを挫く。

なんと古臭い、と思われる方も多いでしょう。

たしかにそうです。『鬼滅の刃』は大正時代、それも初年が舞台です。ということは、炭治郎はじめ少年たちはみな「教育勅語を以て人の道とする」時代の子なのです。

もちろん、作中にそれを具体的に示す場面は出てきません。

けれども、彼らの考え方、行動はまさにそれです。

『鬼滅の刃』に出てくる鬼殺隊の剣士たちは、命の重さを十分にわかっています。それでもなお、たった一つしか無い命を懸ける意味を理解し、目的のため、友のため、家族ため「使命」を果たすことを躊躇しません。

たかが漫画、されど漫画…。

You Tubeの「遠くの声を探して」でも語っています。

趣味を押し付けるのが私の悪い癖…。御寛恕ください。

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