平成12(2000)年シドニー五輪女子マラソンで金メダルに輝いた高橋尚子さんらを育成した元陸上競技指導者の小出義雄さんが、この24日、死去しました。80歳でした。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019042400641&g=spo

私は、さまざまな分野の指導者を取材、インタビューする機会を得ましたが、小出義雄さんも忘れがたいお一人です。今回のメルマガでは、追悼の意を込めて、小出さんと東京都知事時代の石原慎太郎氏との対談をお届けします。「うれし涙と悔し涙を――大人は子供に何を体験させるべきか」と題し、平成16(2004)年1月、サンケイスポーツが東京発刊40周年を記念して行った公開対談です。

15年以上前ですが、子育てや教育をめぐる小出、石原のお二人の対話は今日でもまったく古びていません。以下抜粋します。

石原 動物行動学の権威でノーベル賞学者のコンラッド・ローレンツが、子供の時に肉体的な苦痛を味わったことのない人は、大人になって非常に不幸な人生を送ると語っていますが、まさにその通りだと思います。苦痛というのは、「お前は悪いことをしたからグラウンド10周しろ」とかそういうことですよ。甘えて何でもかなう人間にはこらえ性がない。耐性が培われない子供は大人になって、とてももろい人間になってしまう。これはかわいそうなことですよ。

小出 子供はきちんと鍛えてやらなかったら、ひ弱なままで、自分1人でエサを探す力、生きていく力は身につかないんです。それは子供の責任じゃない。「今時の子供は」と嘆く前に大人の責任だということを自覚しなくちゃいけない。

問われているもの

石原 昨年末は何年ぶりかに逗子の家へ戻って、年明け早々に鎌倉の鶴岡八幡宮に参拝しました。午前零時を過ぎた瞬間に神主さんと一緒に拝殿に上がってお参りさせてもらったその時、ずっと待ってた人たちが一斉に階段を上がってきて、私たちの後ろで大騒ぎになっている。その中で1人の男の子が、「よーし、日本一になるぞ」と言ってお賽銭を投げていた。それを聞いてとってもうれしかったですね。何の日本一か聞きそびれたけど、「オレは日本一になるぞ」。ああいう子供の声を聞くと、振り返って見つけて「頑張れよ」と肩を叩きたくなる(笑)。

上島 やっぱり子供には冒険が必要ですね。親の責任は大変になってくるけれど、子供に覇気や気概を取り戻させることが大切ではないか。冒険のために鍛える、場合によっては殴ることもある。そういう社会の合意を、もう一度形成する必要がありますね。

小出 家庭でも学校でもそれがどうしていいか分からなくなっている。中学生の女の子がタバコを一服しながら歩いている。先生が「コラッ」と言うと、「先公、殴れよ」とくる(笑)。それで殴ったらすぐ教育委員会に呼び出されて処分される。そういう短絡的な“仕組み”を作ってしまったことを考えなおさなければなりません。

石原 私が提唱している「心の東京革命」は決して大げさなものじゃなくて、子供に朝、挨拶させようとか、学校から帰って来たらお父さん、お母さんに今日何があったか話すような子供にしようとか、他人の子供でも叱ろうということなんですがこれが難しい。それ以前に子供の行為に対して大人が無関心なんですね。

賀川豊彦の言葉に、「子供には大人から叱られる権利がある」という逆説がありますけど、大人は子供を叱る責任があるんですよ。それがこの頃は見て見ぬふりが多くなった。うっかり注意すると逆に殴られて怪我したりね。相当度胸がいる話になってしまった。

小出 しかし、われわれ大人がそれをやっていかなければならない。私は本当に、教育を誤ったら国は滅びると思っているんです。きちんと子供たちに「いい」「悪い」を教えてやることが大人の役割だと重ねて言いたいですね。

石原 その意味では子供の責任なんかないんですね。子供について今問われているのはわれわれ大人の責任です。

こらえ性

小出 私は先生に恵まれたと思ってます。勉強はできませんでしたが(笑)、中学2年生の時に先生から「もうお前、勉強はやるな。かけっこをやってろ」と言われて今の自分がある。「千葉県で一番になれ。将来オリンピックに行け」と。私はうれしくてうれしくてそれが頭から離れなかった。高校時代は朝早く家を出て途中の駅で電車を降り、友達にカバンを持ってもらい、学校まで走りました。今考えてみると、こんなに股下の短い私に陸上でオリンピックに行けなんて、とんでもない激励をした先生だけど(笑)、それで頑張れた。

勉強ができなくてもかけっこなら何とかなる。オレだって世界一になれるかもしれない。こういう生き方もあると証明してやる。そうした思いの積み重ねで今までやってこられたわけです。だから私は子供たちに夢を与えるのはとても大事な教育だと思っている。叱るだけでなく、夢や感動を与えることができるかどうか。

上島 石原さんも学校を1年ぐらい休学された。

石原 流行の先端を行く人間だからね(笑)。高校2年のときに登校拒否をして1年学校をサボりました。湘南中学という、昔は海軍兵学校の予備校みたいな学校に入ったんだけど、戦後はちっとも面白くなかった。サッカー部が全国大会で優勝し、憧れて入ったんです。近距離から先輩が蹴ってくる低いボールをヘディングで返すという“理不尽”な練習をさせられて、蹴って返したら「貴様、生意気だ」と、もっと低いボールが飛んでくる、そんなイビリに近いしごきにも耐えました。

そのおかげで私は子供の頃から病弱で、扁桃腺がはれて弟と違って冬は寝てばかりいたんだけど1年で体質が変わった。学校には感謝しないけど、先輩のしごきに耐えたことはやっぱりいい経験だったし、ローレンツの論でいえば、あれによって脳幹が鍛えられ我慢することを覚えた。耐性が身についた。脳幹というのはまさに木の幹と同じで、これが逞しくなければいくら大脳に情報がかさんで沢山実がなっても、木そのものが折れてしまう。何か苦しい思いをしたり、いい先輩がいてしごいてくれたりというのは子供にとってはいい経験なんです。

小出 よく皆さんに小出は褒めながら教育していると言われるんですが、決してそれだけではありません。私は放任主義というのは無責任主義だと思ってます。そのほうが監督は楽ですよ。「自主性を尊重するからお前やっとけよ」でいい(笑)。でもそれじゃダメです。厳しくこれでもかこれでもかと鍛える時期がないと、本当に成長はしてこない。素質があっても、甘やかして放任したら伸びてこないんです。

石原 やっぱり選手を一人前にするために監督の自負や能力、見識を一方的に強制する必要がある。物事によく耐えることも優れた個性の一つですからね。例えば芸術でも何でも感性を表す仕事をしようと思っても、それがそのまま右から左に認められることはないわけで、作品が失敗することもあるし、いろいろな困難がある。その時、それに耐えてやって行けるかどうか、そのこらえ性を培ってやるのは親の責任です。

小出 自主性に任しておいたら結局子供も大人も楽なほうへ、楽なほうへ行ってしまうんですね。そうなると世界には勝てない。日本でも勝てない。それでも理屈をどんどん自分の都合のいいようにつけていく。あまり厳しくすると、「やめます」となる(笑)。

親の情熱

小出 私は23年間高校の教員をやらせていただいて、こういう経験をしたことがあります。とても勉強ができて、陸上も関東で1、2を争うような生徒がいたんですが、そのお母さんがものすごい過保護だった。言われるままに物を買い与え、子供が担任と合わないから代えてくれとか、帰りが遅いからと、毎日駅で隠れて子供を見ていたりとか、私は思わず「そんなことをしていたら、いずれ子供さんに捨てられますよ」と言ったんですが、最後には「うちの人は怒ってくれない。私だけが注意してる」と旦那さんに矛先が向いてしまった。

上島 小出さんのご著書に、「亭主は立てればよく稼ぐ。女房は褒めればよく尽くす」という言葉がありました。

小出 とにかく私は朝早く夜遅い。夜遅いのは飲んでて遅いんですけどね(笑)。はじめ子供たちには、「なぜ隣のおじさんみたいに日曜日は家にいてドライブに連れてってくれないの」と言われてたんですが、かみさんに「お父さんは安い給料だけどお前たちのために朝から晩まで一所懸命働いているんだよ」と言っておいてくれと。

そうしたら3人から、「お父さん、大変だね。大変だね」と褒められるようになった。かみさんは「あなたずるいわよ」と言うんですが(笑)、父親と母親の両方が子供にばかにされたらうまくいかない。家庭によって母親が好かれて、父親が悪役をやってもいいんだけど、わが家の場合は私が好かれてたほうがうまくいくかなと思ったんで、そうした作戦を立てたんです。

子供は大人の背中を見て育つものです。大人のやってることを真似する。最初から私はかみさんとの間で、子供の前ではできるだけ夫婦ゲンカをやらないと約束したんです。ケンカをやってる時間があったら飲んでたほうがいい(笑)。

上島 小出さんにずばり伺います。高校で教鞭を取っておられた時に生徒を殴ったことはありますか。

小出 ありますよ。たしかに暴力はいけませんが、それは暴力じゃないんです。生徒自身がそれを分かってくれてると思います。その分、私も本当に頑張りました。例えば私は世界一をめざすランナーとどうしても出会いたいと思っていたから、23年間で学校を休んだことは1日もないんです。どんなに二日酔いでも、どんな形でも学校へ行って子供たちと接してました。一緒に走った。

子供たちがなぜ私の指導についてきてくれるかというと、やっぱりその情熱を見てるんです。監督、コーチといったって所詮は私たちよりも自分の家庭や私生活のほうが大事なんだと思われたらついてきてくれない。厳しく指導するには、こちらも一所懸命にやり、わが子のように全精力を注がなければならない。そうでなければ彼女たちも命懸けで走ってくれません。

――小出さんは「豪放磊落」なだけでなく、選手個々の性格や長所短所を見抜いての繊細な指導を心がけていました。名伯楽の御冥福をお祈り致します。

《小出語録》
▼指導者の言葉「指導する者の言葉には、一人の人生を変えてしまうほどの影響力がある。生徒のやる気や夢を摘むような不用意な一言は避けなければならないし、逆に生徒の長所を見つけだし、伸ばすことができれば先生(監督)冥利に尽きる」
▼褒めて育てる「人には必ずいいところがある。褒めれば心を開いてくれ、欠点ばかり突けば心を閉ざす。素質を伸ばすにはまず長所を褒めよ」
▼先生に高給を!「デモシカ先生では指導はできない。教育現場に情熱と能力のある優秀な人材を集めるには、成果を挙げた先生の給料を上げるべきだ」
▼日の丸と君が代「オリンピックに参加する選手はいずれも国を代表している。自分の国を誇れないようでは、それだけでも勝つ気迫に劣る。自分の背後には愛する母国の人たちの声援がある。それは自分にとって大きな力になる」

【上島嘉郎からのお知らせ】

●拉致問題啓発演劇「めぐみへの誓い―奪還」映画化プロジェクトの御案内
http://megumi-movie.net/index.html

●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
・平成31年3月22日〈忘れた事と忘れさせられた事/ニュージーランド銃乱射事件の複雑な構造〉
https://www.youtube.com/watch?v=gxhAL98xrE0
・3月29日〈文議長不敬発言とドイツ終戦40周年演説の真実/医療の未来を妨げるメディア〉
https://www.youtube.com/watch?v=6FqioasGJvk
・4月24日〈真の言論の自由を取り戻そう/日本の心「民のかまど」を受け継ぐ令和の時代〉
https://www.youtube.com/watch?v=j0KxMEAXjC0