令和の初春。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
昨年末にカルロス・ゴーン被告がレバノンへ〝逃亡〟、年明け早々には、米国がイランの革命防衛隊司令官を殺害し、その報復にイランがイラク国内の米軍駐留基地に弾道ミサイルを発射するという、外電が駆け巡る慌ただしさのなかで令和2年は明けました。

目前に立ち現れる国難の数々にいかに向かっていくか。その行為一つ一つが国家を維持し、共同体を営むということです。人間が生きる上で精神や体力の基本が大切なように、国家にも歴史的に培った筋道、また民族国家であれば民族としての価値の基軸があります。

私は今年も、脊髄反射のような発信はそれが得意な方に任せ、より本質的なこと、日本人は何を大切にし、何を守るべきなのかという「基本」を意識して発信して参りたいと思います。

その意味で、日本の戦前・戦後の思潮に大きな影響を与えた一人である清水幾太郎の言葉を御紹介します。

「未来の闇」という昭和 50 年代に書かれた短い文章で清水氏はこう述べています。

〈幼い時から、お正月が来るたびに、嬉しい気持と一緒に、何とも言えないチグハグな気持を感じて来た。その後、稍ゝ(やや)長ずるに従って、チグハグな気持の正体というものが少しずつ判るようになった。つまり、新しい年へ踏み込んだ途端に、古い時代の風習、風俗、食物が一度に復活し、平素は一向に御無沙汰している古い神社仏閣へ挙(こぞ)って参詣する、この「新旧の同時発生」とでもいうような現象に、幼い私はチグハグな気持を感じていたのではないか。〉

清水氏と同じような気持を抱いたことのある人は少なくないでしょう。私も、その一人です。
清水氏は、長じてこう理解するようになったと続けます。

〈今も昔も、新しい時代へ入って行く時、未来というのは、そこに何が待ち構えているか知れない暗闇なのであるから、よほど過去との連続性を確かめておかないと、土台が崩れて、元も子もなくなってしまう。そういう警戒心から生まれた自然の智慧が、あの「新旧の同時発性」の底に潜んでいるのではないか。

明治維新後の日本は、海図のない海へ乗り出して行った。それは、何処で何が起るか判らない、全く新しい冒険であった。(略)当時の日本のエリートは、この新しい日本の冒険に際して、私たちの最も古い遺産である天皇に更めて高い権威を認め、それで過去との連続性を確かめ、土台が崩れないように工夫したように思う。〉

輝かしい未来などというものが自明に存在するはずはなく、むしろ未来を暗闇と捉え、そこに踏み出してゆくには〈過去との連続性を確かめ、土台が崩れないように〉する必要性がある、というのは、大いに頷けます。

日本人が過去との連続性を確かめるとき、その鍵になるのは何か。
私は、父祖たちの「経験」と「情緒」であると思っています。
これは誰だったか(たしかスペインの哲学者オルテガだったと思いますが…)、かつてはみな経験で生きていたのに、最近はみな思想によって生きているようなことを云う…と嘆く気分に私も傾くことが多いのですが、思想の危うさは、独善と進歩史観と相俟って、往々過去の人間をバカにし、人間の理性を過信した設計主義を称揚して、今生きている己の無謬を疑わなくさせることです。

私は何もかも「新しいものはダメで、古いものがいい」と言いたいのではありません。新しかろうが、古かろうが、日本人にとってそれは大切なものである否かを確認する謙虚さをまず持ちたいと思っているだけです。

その姿勢から「今」を眺めると、私には大切なことは「過去との連続性」の中にあるとしか思えないのです。

経験と情緒…。
ここで、清水幾太郎に続いて岡潔の言葉を皆さんとともに噛み締めたい。
岡潔は「多変数複素関数論」分野における三大問題に独力で解決を与え、その業績は数学界に比類がないと云われる日本が生んだ数学の巨人です。

岡は「数学とは情緒の表現である」といい、晩年は日本人にとっての「情緒」の大切さを説き続けました。昭和 38(1963)年の随筆集『春宵十話』の「一番心配なこと」には、こう綴られています。

〈いまの教育制度は進駐軍が師範学校を二段とびに大学にするなど、だいぶん無理をして作ったもので、よくない種子をまいたのは進駐軍だが、しかしそれをはぐくみ育てたのは日本人である。それでも原則から悪くしたのに害がこの程度ですんでいるのは、日本人が情操中心でこれまでやって来た民族だからで、欧米のように意志中心の国なら、すみずみまで原則に支配されるからもっとひどいことになっていたに違いない。〉

また、昭和 39 年の随筆集『風蘭』でもこう述べています。
〈たとえば、すみれの花を見るとき、あれはすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。そして、それはじっさいにあると見るのは実在感として見る見方です。これらに対して、すみれの花はいいなあと見るのが情緒です。これが情緒と見る見方です。情緒と見たばあいすみれの花はいいなあと思います。〉

日本人が大切にしてきたのは古来「情緒」で、それこそが人間の土台であり、理性や知性はその土台の上に立つものである。「すみれの花はいいなあ」と見る情緒こそが大切で、日本人を日本人たらしめるものが情緒なのだ――。
岡潔の数学の話はさっぱり解せぬ私ですが、日本人の根本の心のありよう、情緒については、まさに岡の言葉に「いいなあ」と得心するものです。日本人の底力は、論理や合理ではなく、情緒から生み出される。今年も、この感覚を皆さんと共有できれば幸いです。

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