「ライズ・アップ・ジャパン」4月号をすでに御視聴くださった方も多いと思います。そのなかで、「皇室はなぜ貴いのか」という故渡部昇一先生の述懐を御紹介しました。編集者として渡部先生に伺った話は数多ありますが、日本にとっての天皇、皇室の存在を「強烈に意識せざるを得なくなった」という先生のお若い頃の御経験の中身を聴いて、私はすっと得心したものです。

番組での拙い喋りでは、皆さんにきちんとお伝えできたか心もとないので、当該のインタビューを活字にした際のメモをもとに再録します。

渡部先生は終戦から10年後の昭和30(1955)年にドイツに留学されました。

――以下、先生の一人称にします。

当時のドイツはまだ国際社会で肩身が狭かったのですが、とても親日的でした。ある家庭に招かれたとき、私はこう尋ねられたのです。

「日本には、たしか〝テンノー〟という元首がいたはずだが、敗戦後はどうなったのか」

「戦前も、戦中も、今も天皇は変わらず在位しております」

私がそう答えると、彼らはとても驚いていました。彼らの歴史観で言えば、普仏戦争後のナポレオン三世、第一次世界大戦後のドイツ帝国のウィルヘルム二世、ロシア革命後のロマノフ王朝などの例を挙げるまでもなく、戦争や革命で敗北した国家の元首や帝室がそれまでと変わらず存続しているのは信じられないことなのです。

第二次世界大戦の敗戦国である日本の元首が、戦後も変わらずに在位しているという事実を知り、日本人は何と信義に篤く、重厚な国民であるかとドイツ人たちはいたく感動していました。

その体験が切っかけになって、私は日本の皇室というものを改めて考え始めるようになったのです。そのときヒントになったのが、キリスト教の布教以前に存在したゲルマン人王家の系図でした。ゲルマンの世界にも神話があります。ゲルマンの神さまの末裔はゲルマン諸族の王につながっています。

我が皇室の系譜を見ても、神代の天照大神から始まって、神武天皇につながっていきます。ギリシア・ローマ神話も同じです。トロイ戦争のギリシアの英雄アガメムノンの先祖をずっと辿っていくと、ギリシア神話の最高神ゼウス(ローマ神話のジュピター)に行き着きます。

皇室の歴史構造はそれらと同じなのだと発見したわけですが、以来、私は、日本はとても古い歴史を持つ国であって、日本の天皇は神話の時代から二千六百年以上も連綿と続いている、ということをドイツの家庭に招かれるたびに話すようになりました。その後も外国に行ったらこの話をすることにしたのです。伝統を重んじるイギリスでも、建国二百年のアメリカでも、みな一様に感心されました。

私は、皇室というのは日本国および日本人にとっての誇りの原点であることを実感し、改めて皇室に対し尊崇の念を抱くようになったわけです。

後年、『万葉集』にある山上憶良の「好去好来の歌」を知りました。この歌は長歌です。

「神代より 言ひ伝て来(け)らく そらみつ 倭(やまと)の国は」と始まり、「皇神(すめろぎ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことだま)の 幸(さき)はふ国と語り継ぎ 言ひ継がひつつ」と続きます。

この歌で、山上憶良は日本という国を二つの点で定義しています。

まず「皇神(すめろぎ)の厳(いつく)しき国」ですが、これは神代からずっと王朝が続いてきた国という意味です。次の「言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国」というのは、和歌に代表されるような自国独自の文学があるということです。

憶良は第七次遣唐使の一員として、唐の都長安を訪れています。そのとき彼は、大唐の都の殷賑ぶりに驚くとともに、祖国日本の後進ぶりに落胆、意気消沈し、劣等感を覚えたのでしょう。しかし同時に、憶良はあることに気づいた。シナは古来から王朝の名が国名でしたから、王朝によって国の呼称が変わる。違った姓の人物が新しい王朝の創始者になる。周は姫(き)氏、秦は嬴(えい)氏、漢は劉氏、隋は楊氏、唐なら李氏です。王朝が代わることを「易姓革命」というのはなぜか瞭然でしょう。

それと比べ天皇家にはもともと姓がありません。姓は、天皇が主だった臣下に与えるべきものなのです。皇室は苗字が必要のない神代から続いている帝室なのです。シナはその歴史を四千年、五千年と言いますが、ひとつの王朝が存続している時間的スパンで言えば、実は日本の皇室のほうが断然古い。そうした思いつきが、「皇神の厳しき国」という言葉に結実したのではないでしょうか。憶良の直感は、ドイツの物質的な復興、繁栄に劣等感を覚えつつも、日本には皇室という万世一系の高貴で稀有な存在があると私が気づいたことと重なるのだと感じました。

それから「言霊の幸はふ国」という言葉ですが、たとえば『古事記』は大和言葉を無理やり漢字で記述しています。『日本書紀』の地の文は堂々たる漢文で書かれていますが、膨大な数の地名、人名、神さまの名では、漢字は単なる「音標記号」として使っているだけです。そのほか大量の長歌、短歌も全部そうです。漢訳はしていないのです。そうしたのは「言霊」の概念があったからでしょう。

外国人にも読めるほどの漢文が使えた人たちなら、和歌も長歌も漢訳することはできたはずですが、そうしなかったのは、大和言葉には言霊があると信じられていて、漢訳するとそれが損なわれると考えたからではないでしょうか。

山上憶良は、白村江(はくすきのえ)の戦いで、唐と新羅の連合軍に敗れた日本軍の引き揚げ者の子供ですから、大陸・朝鮮半島には日本のような国文学がないことを知っていたとも考えられます。いずれにしても、神代からの皇室が途切れることなく続いている国であり、大和言葉という伝統ある言葉を用いた独自の文学がある国が日本だと、この万葉歌人は洞察したのでしょう。彼はこの二つの点において、日本は決してシナに引けをとらないことを理解していたのだと思います。

――ここまでの渡部先生の話は、図らずも「令和」という新たな元号の意味にも重なりますね。

先生はさらに昭和44(1969)年、米国から帰国される途次のことを語られました(以下、先生の一人称体)。

私はギリシアに立ち寄ってスニオン岬に滞在しました。

(*スニオン岬 アッティカ半島南端の岬。アテネの南東に位置し、軍事上の要地として知られた。高さ60メートルの断崖上に、紀元前5世紀に建造されたポセイドン神殿が残っている)

海神ポセイドンの神殿までの道は両側が茨(いばら)で険しく、危険で上りにくいものでした。行きかう人も見かけません。まったくの廃墟です。

1週間後、帰国して家族と一緒に宮城県石巻に旅行したとき、金華山島へ渡りました。この島は峻険で、西麓にある黄金山(こがねやま)神社の周囲は鬱蒼とした巨木が林立しています。祀る人が絶えたら、木造の延喜式の神社はすぐに朽ち果ててしまうような場所です。それが朽ち果てるどころか今も健在なのは、昔から日本人が神さまを祀り続けてきたからです。

そして、町中(まちなか)では神社の祭りが賑やかに行われている。この対照的な光景は、ギリシアと日本の神話の構造は同じであっても、それが今に連なっているか否かにおいてかくも違うのかと私に痛感させました。ギリシアは異民族が次々と入り込んできて、祀る人がいなくなってしまったからポセイドン神殿は荒れ果ててしまったのでしょう。ギリシアの神は死んでいますが、それに対し金華山の神社に祀られている日本の神は生きている。いまだに立派な木造のお社が存在し、祀る人が絶えない。人と神がともにある。ここにこそ日本の本質があると思ったのです。

日本の神社はすべて皇室に関係があります。伊勢の神宮などを別にすれば、日本では天皇陛下が神さまより偉い。神社に位を授けていますからね。日本の神社は分かちがたく皇室と結びついているのです。皇室が連綿と続いて、それをいわば「総本家」のように崇め奉っている民族が絶えなかった結果が、金華山の鬱蒼とした林の中に立つお社に現れている。こうした感性を、ともすれば近代合理主義では後進的として切り捨てようとしてきたわけですが、ここには合理を超えた神秘性と高貴さがある。

西欧人も、もともと日本は儒教圏かシナ文明圏だと思っていました。地理的に近く漢字を使っていますからね。しかし、彼らの中にも、日本とシナはまったく異なる文明だと見抜いた慧眼の人たちがいて、たとえば『源氏物語』を英訳したイギリスの東洋学者アーサー・ウェイリーです。彼がジャパニーズ・シヴィライゼイション(Japanese civilization=日本文明)という言葉を用いた最初の人だと思います。近年では、サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』で、日本とシナは異なる文明であると記しています。

――日本は他国と異なる歴史や文化を持っている。まさに「世界で一つだけの国」。自惚れは戒めねばなりませんが、異質であることに引け目を感じる必要はまったくないということです。

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