我が国はロシアのウクライナ侵攻に対し、米欧諸国と連携する形で同国への経済制裁に踏み切りました。岸田文雄首相は「国際社会はロシアの侵略により、ロシアとの関係をこれまで通りにしていくことはもはやできないと考えている」と述べた上で、我が国の方針を説明し、その中で「北方領土問題」にも言及しました。

北方領土問題とは、我が国固有の領土である歯舞 (はぼまい) 諸島・色丹 (しこたん) ・国後 (くなしり) ・択捉 (えとろふ) 島の帰属をめぐる問題で、今日においてもロシアは1945年(昭和20)のヤルタ会談での〝秘密協定〟によって千島を領有したと主張していますが、日本は戦後、1951年(昭和26)のサンフランシスコ平和条約で千島列島を放棄したものの、南千島は固有の領土として旧ソ連時代から返還を要求してきました。

政府は、北方領土での日露共同経済活動も当面は進めない方針を明らかにし、岸田首相も「この状況に鑑みて、平和条約交渉の展望について申し上げられる状況にはない」と述べましたが、私はこの際、北方領土問題に対する政府と国民の認識を一致させ、対露交渉に向かう体制を再構築する契機と捉えるべきだと考えます。

交渉経過を振り返れば、1956年(昭和31)の日ソ共同宣言で歯舞諸島・色丹島は日ソの平和条約締結後に日本に引き渡されると謳われましたが、1960年(昭和35)年1月に日米新安全保障条約が調印されると、ソ連は在日外国軍が撤退しない限り返還しないと声明し、以後日本側がソ連に交渉を求めることが続き、ロシアになってからも継続して両国の懸案とされてきました。

近年、北方領土の返還に期待が高まったのは第二次以後の安倍政権時です。2018年(平成30)11月に安倍氏とプーチン氏がシンガポールで行った会談では、平和条約締結後に歯舞諸島と色丹島を日本に引き渡すとした日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速するとの確認がなされ、その後の菅義偉政権、岸田政権でもシンガポール合意を引き継ぐ考えが示されました。

今回中断を表明した北方領土での共同経済活動は2016年(平成28)12月に安倍氏とプーチン氏が検討を開始することで合意し、観光振興や環境保護などを対象として試行事業が行われてきました。主権を棚上げした法的な問題、実質的な日本の経済協力には当時から異論があり、安倍氏の対露交渉における拙速さ、危うさを私も感じたものですが、根本的な問題は、常に我が国の「先行譲歩ありき」の姿勢なのです。

我が国は、ロシアが自らの正当性を主張する際の論拠を突き崩すことが出来るはずです。たとえばヤルタの秘密協定は米英ソ三国の首脳が交わした軍事協定にすぎず、条約ではありません。国際法としての根拠はなく、領土の決定は当事国同士の取り決めによるのが国際法の常識で、密約自体が、当事国が関与しない領土の移転は無効という国際法に反しているのです。

当事国だった米国も法的根拠を与えていません。1956年、アイゼンハワー政権は、ヤルタ密約は「ルーズベルト個人の文章で、米国政府の公式文書ではなく無効」との国務省声明を出しています。

日本が戦後復興を果たし、その後経済大国になったことでソ連からは北方領土を餌に「財布」を開けさせられ、思わせぶりな態度に期待を寄せては失望させられ、ロシアになってもそうした構図は変わっていません。むしろロシアによる北方領土の実効支配は強化され、日本に対する姿勢も傲岸になっています。

我が国が「先行譲歩」してしまうのは、日本国民の多くが「戦争に負けたのだから今更主張しても仕方ない」と無意識にも思っているからでしょう。それは、米国が占領下に日本人に行った〝心理戦〟によって、「日本は無条件降伏したのだ」という「無条件降伏史観」が刷り込まれ、未だにそこから脱け出せないでいることを現しています。

日本国は無条件降伏していない。これはライズ・アップ・ジャパンを視聴してくださっている皆さんには御理解いただけていると思いますが、多くの日本人の常識にはなっていません。江藤淳の指摘した〝閉された言語空間〟の中に、また〝鏡張りの部屋〟の中に多くの日本人は過ごしています。ウクライナへのロシアの軍事侵略という現実を見て、私たちは覚醒のきっかけとする必要があります。

さらには、これまでも繰り返し述べてきたことですが、「力の信奉者」にはどう対すべきかという心構えだけでなく、急ぎ具体的な備えを進める秋(とき)が来ています。先行譲歩、摩擦回避、対話促進、経済協力…これが外交の手段のすべてであるかのような戦後日本の国家像を再考しなければなりません。

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