師走も下旬に入りました。皆さん、御多端のことと存じます。

昨日、「大東亜戦争の研究」第5巻の収録をしました。タイトルは〈日本人が知らない支那事変の正体~「中国侵略」「南京大虐殺」という大嘘と日本に仕掛けられた罠〉と、毎回〝煽り気味〟なのですが、中身は、第一次大戦以後、大国の列に加わった日本がシナ大陸での戦争を続けざるを得なくなった理由について真摯に考えてみようというもので、およそ5時間話しました。

満洲国の建国についても触れたのですが、これを日本のアジア侵略を進めるための傀儡国家の建設と切って捨てる見方に対し、それを考える上でのある事実の紹介をしました。それは故渡部昇一先生に教えられた『紫禁城の黄昏』という本に関する話です。

『紫禁城の黄昏』は、満洲国皇帝愛新覚羅溥儀の個人教師だったイギリス人レジナルド・ジョンストンが書いた本です。渡部先生は、「日本人にとって誤れる中国観を正すショック療法として、とても重要な文献」で、「比類なき第一次的史料」であると評されていました。

以下、渡部先生の話を一人称のかたちで要約します。

――『紫禁城の黄昏』がイギリスで出版されたのは1934(昭和9)年3月で、版元は当時台頭しつつあったファシズムとナチズムに対抗して成功していた左翼出版社のヴィクター・ゴランツ社でした。当時のゴランツ社が日本の帝国主義を擁護するような本を出版するわけはありません。ゴランツは「自分の信念に反する本は一冊たりとも出版しようとしなかった」といわれた男で、ジョンストンの本はその内容の重要さにより出版されたのだといってよいでしょう。

その意味で、もし『紫禁城の黄昏』が、東京裁判に証拠資料として採用されていたら東京裁判そのものがほとんど成立しなかったであろうと思います。東京裁判は、日本には大陸侵略の共同謀議があったと決め付けていますが、溥儀に満洲国建国の熱望があったことが認められれば話は変わってきます。

そのことは溥儀の満洲への〝帰郷〟を、唐紹儀(中華民国最初の国務総理)が、「満洲の先祖が、シナと満洲の合一の際に持ってきた持参金の〝正当な世襲財産〟をふたたび取り戻したまでのことだ」と語ったことからもわかります。となれば、日本の大陸侵略は共同謀議によるという起訴の訴因そのものが成り立たなくなる。だからこそ採用されなかった。

またこの本が、満洲事変の調査のためにやってきたリットン調査団が結成される前に出版されていたならば、「将来、満洲はシナ政府主権の下に地方自治政府になるべき」などという見当違いの勧告を彼らはしなかったでしょう。ジョンストンはリットン卿らを「シナの歴史に無知な連中」と語っていたと伝えられますが、まさにそのとおりなのです。

満洲族はシナ(当時は明朝)を征服しましたが、その満洲族後の皇帝は辛亥革命で退位を余儀なくされた。溥儀は皇帝の称号と年金は受けましたが、その後1924年の馮玉祥のクーデターで紫禁城を脱出し、日本公使館の保護を受けました。彼は先祖の墓陵がシナ兵によって爆破され、埋葬品が奪われたのを見てシナに愛想を尽かし、父祖の地に戻った。こういう知識が調査団の共通認識として確立されていれば、満洲国の正統性に目が向いたでしょう。

『紫禁城の黄昏』は岩波文庫(入江曜子・春名徹訳、1989年)の1冊として翻訳されましたが、完訳ではありません。第1章から第10章までと、第16章が削除されています。その理由は、「主観的な色彩の濃い」部分だからというのですが、これは「日本悪しかれ」の左翼史観にとって都合の悪い部分を削除したというのが本当のところだと私は思っています。

削除されたジョンストンの記述を示して読者の判断を仰ぐことにしましょう。たとえば削除された第1章の最初のページにはこういう記述があったのです。

「1898年当時、満洲に住んでいた英国の商人たちは〝ロシアが実質的に満洲を併合するのを目の前の現実として〟語っている。英国の宣教師の指導者も、〝私のみならず、私のもとで働くどの宣教師も口を揃えて、満洲とは名前だけで、ことごとくロシアのものと思われると明言した〟のである。

これは、眼前にある今の満洲問題の背景を理解しようという者なら、絶対に忘れてはならないことである。シナの人々は、満洲の領土からロシア勢力を駆逐するために、いかなる種類の行動をも、まったくとろうとしなかった。

もし日本が、1904年から1905年にかけての日露戦争で、ロシア軍と戦い、これを打ち破らなかったならば、遼東半島のみならず、満洲全土も、そして名前までも、今日のロシアの一部となっていたことは、まったく疑う余地のない事実である」

ジョンストンはこれにさらに、ドイツやフランス、イギリスによるシナ蚕食の事実を挙げていきます。しかもこうした事例には豊富な註をつけて、発言の根拠を明らかにしています。いったいこうした叙述のどこが「主観的」なのか。

またリットン報告書に、満洲独立運動について「1931年9月以前、満洲内地ではまったく耳にしなかった」と書かれているのを、ジョンストンはそれが事実でないことを当時の資料で証明しています。こんな事実の羅列が続くのですから、東京裁判史観や戦前のコミンテルン史観に染まった人たちにとっては、ジョンストンの本は何章でも削除したかったのでしょう。

――渡部先生がこう語られた『紫禁城の黄昏』は現在、祥伝社から完訳が出ています(文庫版で上下2巻)。私たちがどんな情報、言語空間に置かれてきたか、岩波版と読み比べてみるのも一興です。

【上島嘉郎からのお知らせ】

●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい

『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する

『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。

・11月23日〈○○ちゃんにも叱られる!言葉と歴史を喪失した私たち/ヒッチハイクアプリで移動の未来はどうなる?!/人道ありきで「摩擦」を受け入れる代償〉