日本人と外国人を区別せず投票権を認める東京・武蔵野市の住民投票条例案が12月21日、市議会本会議で否決されました。住民投票は、安全保障やエネルギー政策など自治体の枠を超えて「国益」に関わる問題に影響を及ぼすこともあり得、安易に外国人にその権利を付与することはできません。

松下玲子市長は、住民投票に法的拘束力はないと主張してきましたが、条例案に「議会と市長は結果を尊重する」と明記されている以上、その言説は通りません。事の重大性を考えれば否決されて当然でした。

「多様性の尊重」という理想も、現実を踏まえぬと如何に厄介な事態をもたらすか世界を見渡してほしいと思います。

たとえば、9年前に「人権の擁護者」としてノーベル平和賞を受賞した欧州連合(EU)で今何が起きているか。

今秋、中東から2千人以上の移民・難民が、ベラルーシのポーランド国境に押し寄せました。経緯はなかなか複雑で、ポーランドやEUは、その強権政治に対して経済制裁を科しているベラルーシのルカシェンコ政権が、報復のために夏頃からイラク、シリア、イエメンなどで旅行業者を使って欧州移住希望者を集め、観光用などの査証(ビザ)を発給し、飛行機で移送(入国)後、バスで国境付近に運んで意図的にEU域内に送り込もうとしていると非難しています。

ポーランドは不法入国を阻止するため国境沿いの警備に当たる兵士を増員しましたが、これに対し、ベラルーシの後ろ盾となっているロシアはポーランドの動きは脅威だとして、偵察のためベラルーシ上空に爆撃機を飛ばしました。しかも、ルカシェンコ大統領は記者会見で、ロシアの軍用機は核兵器を搭載できると言及したのです。

ポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相は11月11日、 フェイスブックへの投稿で「我々が今対処しているのは新型の戦争だ」と訴えました。

注視しなければならないのは、ベラルーシの思惑はどうあれ、中東からやってきた移民・難民が、欧州人権条約やEU憲章を知っていて「権利」を主張していることです。実際に越境できた移民・難民は1日当たり数十人程度のようですが、ソーシャルメディアに溢れる寒さと飢えに苦しむ彼らの映像と「欧州はなぜ、我々の受け入れを拒むのか」という訴えは衝撃を与えており、EUを大きく揺さぶっています。

彼らが堂々と受け入れを求めるには法的根拠があるのです。欧州人権条約やEU憲章は、難民申請しようとする人を追い返してはならないと定めています。また、難民は不法入国しても罪に問われません。

それらの法と理念を遵守するならば、ポーランド政府は、彼ら一人ひとりの申請意思を確認しなければなりませんが、先述のとおり「新型の戦争」と受け止める当局は「国境を守る」として、放水車と催涙ガスという実力を以て入国を阻止しています。

こうした状況を米ウォールストリートジャーナル紙は〈難民が武器に、欧州が恐れる「新タイプ」の戦争〉と報じました(11月13日)。

同紙によれば、欧州理事会の法務顧問らは11月初旬、EUは国境沿いに物理的障壁を建設する資金を共通予算から出すことができるとの判断を示し、ベラルーシと国境を接するポーランド、ラトビア、リトアニアのEU加盟3カ国はすでに壁や柵の建設費用を要求しているとのことでしたが、ドイツ出身のフォンデアライエン欧州委員長は「壁に金は出さない」と撥ね付けました。

理想と現実の間でEUは抜き差しならない状態にあります。

迫害を受けている人々には救いの手を差し伸べねばならない、と云うのは、確かにそうあるべきだと思います。けれども、それにはどれだけ自ら出血を伴うことがあり得るか、その覚悟が問われます。軽い気分で頷けることではない。

「ライズ・アップ・ジャパン」12月号で、米国における日系人の苦闘の歴史について話しましたが、日系人が「信頼される市民」として米国内で認められるために、一体どれほど膨大な血と命を捧げ、長き歳月が必要だったか。

富を求めての移民であれ、思想信条の自由を求めての難民であれ、生まれ育った国、共同体以外の地に受け入れられるためには、「信頼される証」が必要なのだと思います。そして、その証立てをした人々を新たな同胞として迎え入れる。不当な差別はしない。その度量の広さを持つことは大切です。

旧い時代の価値観と切って捨てるのは簡単ですが、グローバル化、多様化、ボーダレス化が称揚される今日であればこそ、なおこの一事を顧みる必要があります。これは人権や人道の問題に不寛容な態度ということではない。それを無条件の権利とすることは、そもそも「人間存在の業」を顧みない軽挙で、どちらをも不幸にするのではないか。一つの共同体として機能するには、そこに属する者の価値観の共有と国境を守ることから始めねばなりません。

「地獄への道は善意という名の絨毯で敷き詰められている」と語ったのはサミュエル・ジョンソンでしたか、同胞の中の〝善意の熱心家〟が知らず知らずのうちに国を蝕むことがあり得ることを、私はその炎熱に冷水をかける悪役であらねばと思っています。

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