師走を迎え、皆さん御多端のことと存じます。

お蔭様で「ライズ・アップ・ジャパン」は4年目に入りました。

改めて感謝申し上げます。

活字の世界から「語る」仕事に主軸を移して時日が経ちながら、相変わらず「話し方」が上手くならず、毎回甚だ恐縮しています。

今回は、自身気になっている話し言葉について書きます。

政治家や学者、評論家、市井の人々まで、私は、人生というものは「出逢いと別れで回る風車」と思っています。

私の話の中身は、多くが自身の体験、書籍や映像(映画、テレビ)などから教えられた事、また出逢った人々との付き合いや教えから成り立っています。

私の話の中で、石原愼太郎、渡部昇一、日下公人、金美齢、曽野綾子、李登輝、安倍晋三といった名前がよく出てくるのを御記憶の方もいるかと思います。それぞれに出逢いの幸運があり、私にとって大いに学びの機会となった方々ですが、「先生」と云ったり、「さん」と云ったり、あるいは「総統」「総理」と云ったり、「敬称」が都度違っていることに違和感をお持ちの方もいるでしょう。

これは特段計算しているわけではありません。

話の内容によって私の中に呼び起こされる思いから、たとえば「石原さん」なのか「石原先生」なのか、自然と口をついているのです。

誰かについて主観を完全に排除して書くこと、語ることはできません。語る対象との関係をどう整理するか。なるべく公平にと思っても、石原愼太郎氏との間の出来事や自分の感情は度外視できませんし、その感覚を完全に排除するとすれば、かえって無味乾燥な、当たり障りのない話になってしまう気がします。それでは氏の本質に触れることもできない。

私は、個人的に石原氏との付き合いがあります。親しいと云えば、思い上がった意識かも知れませんが、私と同年輩の物書きや新聞記者、編集者の中ではかなり関係が深いと思います。田園調布や逗子のお宅に伺ったことは再々で、「仕事」はもちろん、酒席での談論風発や戦跡慰霊の旅など思い出は尽きません。

私は、文学者石原慎太郎の作品(すべてとは云えませんが)の愛読者ですし、批評家としての氏の半世紀以上にわたる論考の多くにも目を通しています。

余談に流れますが、産経新聞創刊80周年記念事業として刊行した氏の評論選集『石原愼太郎の思想と行為』全8巻は、私の編集者としての集大成です。ここに明かしますが、各巻末の解説を書いている「上原一隼」というのは私のことで、「石原先生」の「君が書けよ」という指名により、石原先生と御夫人が「上原一隼」という筆名を考えてくださいました。

石原先生には、その小説の趣(おもむき)、語られる歴史観、国家観、文明論などに共鳴するところが多く、政治家としての主張にも強い共感と期待を抱いてきました。父子の年齢差を承知で、志を同じくする者という意識を持っています。

「石原氏」について語るとき、話柄によって公平性の意識や距離感、思い出や体験から生じる感情の起伏などから「石原さん」「石原先生」あるいは「愼太郎先生」と、「敬称」が変わるのですが、先にも述べたように意識しているのではなく、「思わずそう語っている」と云うのが実際です。

「敬称」を辞典類で引くとこう説明されています。

〈人に対して敬意を示すために氏名や職名に添えることば。英語のMr., Mrs., Missやフランス語のM., Mme., Mlle.などは氏名の前に置くが、日本語では後に添える。日本語の敬称は、直叙を避けた婉曲な表現から生まれたものが多く、また中国から入った漢語に多い。いまもっとも一般的なものとしては、主として書きことばに用いられる「様」「殿」「氏」などがあり、話しことばでは男子に「くん」、男女両方に「さん」が用いられる。(略)

そのほか、性や年齢、職業・地位などに応じて「兄」「嬢」「翁」「夫人」「関」「丈」「先生」「閣下」など多くの敬称があるが、話しことばでは「さん」がもっとも一般的であり、1952年(昭和27)に文部省から出た『これからの敬語』でも「さん」を標準の形としている。〉[小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)]

さて、「ライズ・アップ・ジャパン」でナヴィゲーター(navigator)をつとめてくれている歌手のsayaさん。Facebookでは「扇さや」さんの名乗りですが、私は番組の中でsayaさんと云ったり、sayaちゃんと云ったり、saya嬢と云ったりしています。これまた彼女との距離感、話題の中での緊張や弛緩の度合いによって自然に口をついているものです。

「ちゃん」と呼ぶことに「sayaさんを軽く見ているのでは?」という御意見もあるようですが、そんなことはありません。そもそも「ちゃん」は接尾語「さん(様)」の変化したもので、親しい間柄の人を呼ぶときや、特に親しみを込めて呼ぶときに用います。

ここで、家族関係ではない、職場や公的な場で年下の者が年長者に対し「ちゃん」付けする是非は論じるまでもないでしょう。常識で考えれば済むことです。

まあ、「ライズ・アップ・ジャパン」は私的な雑談の場ではないのだから、砕けた人間関係など見せてくれるな、という御批判はあろうと思いますが、私としては、それも含めて受容していただければ幸いです。

できれば6代目神田伯山ばりに「語り」たいのですが、どうもその才はありそうになく、皆さんに御寛恕を願うものです。

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