令和3年(2021)が明け、早くも3月半ばを迎えようとしています。「ライズ・アップ・ジャパン」を御視聴の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。息災に過ごされていることを祈念しております。

昨年9月、安倍晋三前首相の辞任を受けて以来、半年ぶりのメルマガをお届けいたします。こんなに間が空いては、「生産性と効率」を第一とする会社に私が雇われていたとしたら、とっくに馘首されているでしょう。私事なので詳細は控えますが、少し体調の問題もあり、皆さんには御寛恕を願うのみです。

さて、東日本大震災から10年を迎えました。

警察庁によれば、令和2年12月10日の時点で死者1万5,899人、重軽傷者6,157人、行方不明者2,527人という甚大な被害です。これほどの規模の死傷者、行方不明者を数えるのは大東亜戦争後初めてのことで、明治以降、大正12年(1923)9月の関東大震災、日清戦争の翌明治29年(1896)6月に発生した明治三陸地震に次ぐものです。謹んで御冥福を祈ります。

震災からの復興と福島第一原子力発電所の制御(廃炉)など、私たちが取り組んでいかねばならない事柄はたくさんあります。さらにはこの10年の間に熊本地震(平成28年)があり、毎年の台風来襲とそれに伴う水害が続き、「国土強靭化」が急務です。

そこに新型コロナウイルスに対する防疫戦が重なって、私たちは様々な忍耐のなかで日々暮らしています。

3月8日時点での日本国内の感染者数は約44万人、死者は8,301人です(回復者約41万8千人)。

テレビのワイドショーやニュースでは、連日感染者数と死者の増加を伝えますが、回復者の数字はあまり伝えられません。外出自粛の呼びかけと、医療現場の窮状(コロナ対応病床数の逼迫など)は繰り返し報じられますが、新型コロナウイルスが日本において実際どの程度の脅威なのか、科学的かつ多面的に分析して報道しているとは云えません。

新型コロナウイルスがどれほど恐ろしいか。脅威を煽ろうと思えばいくらでも煽れます。以前のメルマガでも御紹介しましたが、夏目漱石の弟子で物理学者でもあった寺田寅彦は、「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」(「小爆発二件」昭和10年11月)と語っています。

今更ながらに「正当にこわがる」こと、そのための冷静さと覚悟が私たちに求められています。

覚悟とは「死」を意識することでもあります。人間は死から逃れられません。生まれた瞬間から死に向かって歩み続けるのが人生です。その時間をいかに意味あるものにするか、人間が努力を傾けられるのはそれだけで、不老や不死はあり得ない。

現下のコロナ禍で8千人を超える日本人が亡くなっています。痛ましいことですが、死は新型コロナ患者だけに訪れるのではありません。例年、季節性インフルエンザは日本では1千万人くらいの人が罹り、約1万人が亡くなっています(厚生労働省の人口動態統計によると、平成30年のインフルエンザによる死亡者数は3,325人。これにインフルエンザ罹患が引き金になって慢性疾患が悪化して死亡した数字を加えると約1万人。この二つを併せた死亡率を超過死亡概念というそうです)。

毎年、様々な疾患で日本国内では約140万人が亡くなっているのです。昨年の1~8月期、肺炎で亡くなった人は約5万3千人を超えますが、私たちはそうした死を日常のなかで受け入れ暮らしているはずです。新型コロナウイルスに対してはようやくワクチン接種が始まったばかり、同列には論じられないと考える向きもあるでしょう。

けれども、「正当にこわがる」のであれば、現在の「自粛」は行き過ぎであり、医療現場の逼迫は、規模の大きな民間病院にコロナ患者の受け入れを要請し、経営的に十分な補償を行うことで解消されるそもそもの基盤があります。新型コロナウイルスの感染症指定の第2類から第5類への引き下げ、国の資金をどのように投入するかの大胆な決断、いずれも任に当たる指導者の覚悟のなさを、私は嘆くものです。国民を信じて、率直に訴える言葉がなぜないのか。

死は私たちの日常の中にある――。

これを受け止めた上で、一人ひとりがどのような覚悟を持つべきか。

曽野綾子先生と金美齢先生の対談『この世の偽善』(PHP研究所)をまとめたとき、東日本大震災を振り返ってのお二人のこんな話が強く印象に残りました。御紹介します。

まず金先生が、イギリスの作家オルダス・ハクスリーのエッセイを引いてこんな話をされました。

〈悲劇には二種類あって、シェークスピアのような純粋悲劇が一つ。もう一つはホメロスの「オデッセイ」のように、悲しみの中におかしさがある、純粋な悲しみはないということを描く悲劇で、ピュアなトラジェディ(tragedy=悲劇)だけではない。たとえば仲間がモンスターに殺されてみんな泣いているけれど、次の瞬間にはお腹が空いて食事の用意を始めている。これが人間であり人生であると。

死と生は常に隣り合わせにあって、大規模な災害が起きると人々には死の強烈さが刻みつけられるけれど、日常の中にも死は普通に訪れる。人は笑ったり泣いたり、怒ったり許したりしながら、悲しみとおかしさの間を揺れ動きながら生き、そして死んでいく。実は人の世には「絶対安心」も「絶対安全」もない。〉

曽野先生の話はこうです。

〈私は、現生をいつも豹変する所だとして見ていました。私は一種の問題家庭に育ったおかげで、幼い頃から「苦労人」だったから、人間の生きるこの世の原型を「ろくでもないところ」だと思っていました。私は将来を夢見たという記憶がないんです。むしろきっと悪いことが起きるだろうと恐れる才能にかけては人後に落ちなかった(笑)。だから、自分が立っている大地が揺れ動くような可能性を信じることも、それほど難しいことではなかったんです。その意味では「想定外」なんていうことはなかった。〉

死は、あらゆる人間にとって「想定外」ではない。

少しでもこう覚悟が出来れば、そして、そうした国民が増えれば、政治の姿も変わってきます。

〝寄せては返す波の音〟ですが、スペインの哲学者オルテガの言葉を、改めて噛み締めたいと思います。

オルテガは「大衆」とは階級的概念でなくて人間の区分である、と述べました。人間には二種類あって「自分に多くを要求し、すすんで自分の上に困難と義務を背負いこもうとする人間」と「自分になんら特別の要求をしない」平均的な人間で、これを「大衆」的人間であるとしています。

その本質は自ら属する共同体への責任や義務を自覚しない「慢心した坊ちゃん」のようなもので、オルテガは19世紀から20世紀にかけての時代の特徴を、こうした「大衆」的人間の「凡庸な精神が、自己の凡庸であることを承知のうえで、大胆にも凡庸なるものの権利を確認し、これをあらゆる場所に押しつけようとする点である」と喝破しました。

どんな状況にあっても「慢心した坊っちゃん」にはなるまい。何事かを批判、要求するならば、まず自らに「困難と義務を背負い込もうとする人間」であるかを問う。かつての武士道がそうであったでしょう。独り善がりに過ぎませんが、昭和に生まれた日本人として、こうありたいと思っています。

相変わらず取り留めのない話になってしまいました。

乞う御寛恕。

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*平成27年(2015)にPHP研究所から発行された『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』に加筆、再刊しました。

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