中国・武漢から発生した新型コロナウイルスは、世界的な感染拡大が続いています。

〈世界保健機関(WHO)は8日、新型コロナウイルスの感染者が105カ国・地域で確認されたと発表した。WHOの集計で感染国・地域数が100を超えたのは初めて。感染者は世界全体で10万5586人、死者は3584人に上っている。

8日付のWHOの状況報告によると、感染国・地域は前日比で8増加。中央アジアとアフリカは少ないが北米と南米でも確認が相次ぐなど、世界全域への感染拡大が続いている。

過去24時間の新規感染者は中国本土で44人だったのに対し、中国以外では3612人。中国以外での新規感染確認例が多い傾向が続いている。〉(令和2年3月9日共同通信)

国や地域別の感染者は、多い順にイタリアが7375人、韓国が7313人、イランが6566人、フランスが1126人、ドイツが902人、スペインが605人、イギリスが269人、スイスが332人などとなっています。

死亡はイタリアで133人増えて366人、イランで194人、韓国で50人、フランスで19人、スペインで17人、アメリカで11人、イラクと香港で3人、イギリス、オーストラリア、スイスでそれぞれ2人など。(3月9日午前3時、NHK WEB NEWS)。

中国本土での感染者は約8万7400人で世界全体の約80%、死者は3119人で同約86%です。感染者数は2月20日から1日1000人未満となり、3月7日からは100人未満になりました。死亡者数も2月25日からは100人未満、3月3日からは40人未満になっています。中国本土での感染が減少傾向にあるのに対し、世界各国での感染が広がっているのは前掲(共同記事)のとおりです。

さて、我が日本の現況は、9日午後5時の時点で、国内感染や中国からの旅行者など497人、クルーズ船の乗客乗員696人、チャーター機で帰国した14人を合わせて1207人の感染が明らかになり、死亡は国内感染者8人、クルーズ船の7人で、合わせて15人となっています。

安倍晋三首相が、新型コロナウイルスの感染拡大阻止に向けて、立憲民主党など野党5党の党首と個別に会談し、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の改正への協力を要請したのは3月4日でした。立民の枝野幸男代表らは特措法改正の審議に協力すると表明し、13日にも改正案は成立する見込みです。

新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)とは、平成21(2009)年の新型インフルエンザ(H1N1型)の流行を受け、平成24(2012)年4月に制定されたものです。強毒性の新型インフルエンザや新感染症による犠牲者を減らし、社会的な混乱を防ぐことを目的に、政府や地方自治体が取るべき行動計画の策定、緊急事態時の外出自粛や施設の使用制限要請などが定められました。

もう少し具体的に述べると、感染が急速に全国へ蔓延し、国民生活や経済に甚大な影響が及ぶ場合、政府は「緊急事態宣言」を発令でき、都道府県知事は住民の外出自粛や学校の休校、娯楽施設の使用制限などを要請できるほか、医薬品や食品など生活必需品の売り渡しを業者に要請でき、正当な理由なしに応じなければ収用も可能となります。

実は、新型コロナウイルスには、この特措法が適用されていません。2月28日の衆議院財務金融委員会で、安倍首相は、感染症の種類が異なることを理由に新型コロナウイルスの特措法への適用は「難しいと判断している」と答弁し、加藤勝信厚労相も「今回は新型コロナウイルスだとわかっており(特措法が対象とする)〝新感染症〟ではない」と答えています。

つまり、新型コロナウイルスは、緊急事態宣言を発令できる根拠法の対象外として現在封じ込めの対策がなされているということです。

端的に、特措法の何を改正するのかといえば、同法を「新型コロナウイルスにも適用できるように」ということなのです。

政府の専門家会議が「今後1~2週間の対応が重要」と訴えたのは2月24日でした。安倍首相が大規模イベントの自粛を要請したのが同26日。菅義偉官房長官は、イベント自粛を求める法的根拠は「ない」としたうえで、「あくまでイベントの主催者に判断してもらう」と説明しました。首相が続いて「直接専門家の意見をうかがったものではないが、感染拡大防止に極めて重要」として3月2日からの全国小中高校の一斉臨時休校を要請したのが同27日です。繰り返しますが、これらは特措法に基づくものではありません。

法律運用の整合性からすれば、なぜ安倍首相は感染拡大が予見された段階で特措法の適用を考えなかったのか。3月4日の党首会談で国民民主党の玉木雄一郎代表が「特措法の適用は賛成したいが、改正ではなく現行のまま適用が可能。それを考えるべきではないか」と申し入れたのに対し、安倍首相は「明確に定義したいので法改正をやらせてほしい」と応えました。ならばもっと早くそれを提起すべきでした。

改正案が2月1日に遡って適用するという内容から、法的根拠のないまま「見切り発車」した小中高校の一斉休校要請などについて、後から法の「お墨付き」を得る狙いがあるのでは、という穿った見方がありますが、政府はこれを強く否定できないでしょう。

残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大阻止に向けた政府の初動対応は緩慢でした。安倍政権に対する信頼の核にあったはずの危機管理体制は揺らいでいます。政府が事実上の入国拒否を、感染源の湖北省武漢を含む中国全土に拡大することを決めたのは、世界保健機関(WHO)が緊急事態宣言を発してから1カ月以上経過した3月5日です。米国などが早々に中国からの直接入国を全面禁止したのと対照的と言わざるを得ません。

たとえば米国のメディアがそれをどう見たか。以下に一つ産経新聞の記事を紹介しておきます。

https://special.sankei.com/a/international/article/20200302/0001.html

2月28~29日に中国の外交担当(共産党中央政治局委員)トップの楊潔篪(ようけつ・ち)共産党政治局員が来日し、国家安全保障局(NSS)の北村滋局長や茂木敏充外相、安倍晋三首相らと会談しました。直前まで茂木外相は、4月上旬に予定される中国の習近平国家主席の国賓来日について「予定に変更はない」と述べていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、我が政府首脳も楊氏も、習主席の来日延期で合意し、その時期は今秋以降となったようです。中国側もこの時期の訪日は「外交成果は期待薄」と判断した結果で、日本は中国側の決定を待ち続けたというのが内実でしょう。

そうした習主席来日への「未練」から、結果的に中国から多くの人が入国し続けました。2月27日に法務省が衆議院予算委員会で明らかにした数字では、1日あたりの入国者数は1月約2万人超、2月下旬は千人以下だというのですが、これはけっして楽観視できる数ではありません。

中国からの入国制限を緩くしたまま、いまになって「非常事態宣言」可能な特措法の改正を、というのは、危機管理の原則(初動を的確に行う)からしても整合性がとれません。ウイルスはどこからやって来るかはっきりしていたのですから。

この10日配信の「ライズ・アップ・ジャパン」3月号で、私は「邪推であってほしい」と断りながら、この間の安倍政権の対応の不自然さを指摘しました。

帝国データバンクによれば、武漢市に199社の日本企業が進出しています。中国全土となると、2019年5月時点で1万3685社だそうです。

またたとえば、トヨタ自動車の中国市場における2019年の新車販売台数は、前年比9・0%増の162万700台で、トヨタは前年に続き過去最高を更新。日本自動車販売協会連合会などによると、トヨタの2019年の日本国内販売台数は約161万台で、1964年に中国で販売を始めて以降、暦年で初めて日本を上回ったことになります。

ちなみに2018年の日本の輸出入の相手先トップはどちらも中国で、輸出割合19.5%、輸入割合23.2%です。

かように現実の日中両国の間には太い経済のパイプができています(パイプの質はともかく)。いわゆる日中国交回復以後、「日中友好第一」でやってきた日本側が、その歩みを省みる必要性を今回の新型コロナウイルスの問題は示してもいます。

習近平主席の訪日時期を再調整するというのが、現状の政府判断ですが、私は、国賓来日は延期ではなく抜本的に見直すべきであると考えます。実務的な協議の訪日ならば反対はしません。国賓は、天皇陛下が自らも接遇されます。習氏がそれに相応しいかどうか。最大の貿易国相手であるというだけでそれが満たされるわけはない。我が国は物乞いをする国ではないはずです。

――毎度のごとく、話がとっ散らかってきました。

政府の専門家会議が「今後1~2週間の対応が重要」との見解を示してから2週間が経ち、1日ごとの感染確認数は、3月6日の56人がこれまでで(9日午前10時半時点)最も多く、7日44人、8日33人と下降線を描き始めているように見えます。このまま減少を続ければいいのですが、専門家ならざる身で観測を述べるのはやめておきます。

率直にいって、安倍首相は、新型コロナウイルスの感染拡大阻止に後手を引いたと思います。対中関係、経済政策、様々な思惑があったでしょう。

しかし、それを挽回すべく政治決断をしました。首相は自らの決断によって生じた結果に対し責任を負う覚悟があるはずです。

感染拡大の阻止のためにはっきりしていることは、国民全体の協力が欠かせないということです。生活の混乱も、平時でないことを自覚してそれなりに受け容れる覚悟が必要です。政治の世界も、メディアも、政府に対する問題提起や建設的な批判はあって然るべきですが、言葉尻をとらえての揚げ足取りや、ただ感情的な言辞をぶつけることは慎むべきです。

また、国全体を守ることを第一に考えれば、緊急時には「私権」が制限されることはやむを得ないと了解することも、共同体の成員としては必要です。

私はここでスペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの言葉を思い出します。

オルテガは「大衆」とは階級的概念でなくて人間の区分である、と述べました。人間には二種類あって「自分に多くを要求し、すすんで自分の上に困難と義務を背負いこもうとする人間」と「自分になんら特別の要求をしない」平均的な人間で、これを「大衆」的人間であるとしています。

その本質は自ら属する共同体への責任や義務を自覚しない「慢心した坊ちゃん」のようなもので、オルテガは19世紀から20世紀にかけての時代の特徴を、こうした「大衆」的人間の「凡庸な精神が、自己の凡庸であることを承知のうえで、大胆にも凡庸なるものの権利を確認し、これをあらゆる場所に押しつけようとする点である」と喝破しました。

〝あるべき安倍批判〟は必要です。ただその批判は「慢心した坊ちゃん」のそれであってはならない。誤った情報によってトイレットペーパーの買い占めに走ったとしても、それに気づいて正すことができる国民でありたい。結局、国難に遭っては、私たち一人ひとりの国を思うその深さが問われることになります。抽象的な物言いと感じられるでしょうが、すべて人間の行為は、その気概や心のあり方に帰着すると思うからです。

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