中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の死者は490人、感染者は2万4324人に達しました。中国政府が5日発表した数字です。中国本土以外では、日本やタイなど27カ国・地域で220人以上の感染が確認され、このうちフィリピンと香港で各1人が死亡しました。

前回に続いて新型コロナウイルスの感染拡大に触れます。その前に前回、〈(SARSの)致死率は9.6%で、今回の新型コロナウイルスは現状0.2%程度〉と書きましたが、単純な百分率の計算を間違えました。0.2%ではなく2%で、チコちゃんならずとも皆さんの「ボーっと生きてんじゃねーよ!」というお叱りを受けたいと思います。冷汗三斗です。

さて、米国は中国全土への渡航中止勧告を出していますが、英国も中国本土に残っている英国民に対し退避するよう勧告しました。これまで渡航自粛を求めていた措置をより強めたことになります。台湾も中国本土(香港・マカオは除く)住民の入国を6日から拒否すると発表しました。各国とも自国の感染拡大を水際で阻止するために渡航制限を行っているわけですが、その必要はないと今も云っているのが世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長です。

WHOが新型コロナウイルスの感染拡大を受けて「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したのは1月30日ですが、2月3日にジュネーブで開かれた同執行理事会でも、テドロス事務局長は重ねて「(中国への)渡航や貿易を不必要に妨げる措置は必要ない」と述べ、こうした発言を受けた中国も米国など渡航制限を決定した国に対し不快感を表明しています。

テドロス氏が、中国の進める巨大経済圏構想「一帯一路」などを通じ関係の深いエチオピアの出身であることは前回書きました。テドロス事務局長が事態の最中である1月28日に訪中し、満面の笑みで習近平国家主席と握手している写真を見ても、背景を察することができます。「一帯一路」に組み込まれた国は露骨に中国に〝配慮〟する姿勢が目立ちます。

〈東南アジアで中国寄りの姿勢を鮮明にするのが、中国の支援で7%近い経済成長を続けるカンボジアだ。フン・セン首相は1月30日、「中国で就労したり就学したりしているカンボジア人は中国に残り、中国人とともに病気(新型肺炎)と闘わなくてはならない」として、自国民を運ぶチャーター便などを飛ばす予定はないことを強調した。〉(産経ニュース2月5日配信)

https://special.sankei.com/a/international/article/20200205/0003.html

前回、台湾が自国民のためにチャーター機を武漢に派遣したいと打診しても中国側から回答がないという記事を紹介しましたが、それに対する中国当局の措置は、「中国側が手配したチャーター便」で帰すというものでした。

当初台湾政府は、台湾の航空会社によるチャーター機の派遣を打診したのですが、中国側がそれを事実上拒否し、中国の航空会社が春節(旧正月)チャーター便を運航する形をとることで双方が合意しました。

中国側が「中国の航空会社」に拘ったのは、「一つの中国」原則に基づいて台湾人を自国民(=中国国民)として取り扱う既成事実をつくりたかったからです。人命が関わることであり、台湾側は譲歩せざるを得ませんでした。非常事態下にあって、中国は「一つの中国」という彼らの原則を台湾人に呑ませようとしたわけです。

WHOもこの中国の原則を受け入れています。台湾は2009年から2016年までWHO総会にオブザーバー参加し、それは中国も同意していました(この期間は親中派の馬英九政権。「台湾」ではなく「中華台北」として容認された)。安保理常任理事国の中国が国連機関に大きな影響力を持つことは云うまでもありません。

WHO憲章には「人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれること」が「基本的人権の一つ」と定められていますが、事実上、民進党の蔡英文政権が「一つの中国」を受諾しないことを理由にWHOは台湾の締め出しを続けているのです。

2017年のWHO総会に台湾が出席できなかったのを受け、たとえば日本経済新聞は〈中国が台湾への圧力のためにWHOを使う動きが常態化すれば、感染症のパンデミック(世界的大流行)の遠因となりかねない〉(2017年5月22日付)と報じましたが、まさにその懸念が現実となっています。

中国が台湾を締め上げる舞台はWHOだけではありません。現在、台湾を「国」として承認し、外交関係を結んでいるのは中南米や南太平洋などに点在する15の国々しかありません。2016年の蔡英文総統就任時には台湾と外交関係を結んでいる国は22カ国でしたが、経済援助を背景にした中国の圧力によって次々に断交し、中国と国交を樹立したのです。

日本も、昭和47(1972)年の〝国交正常化〟で中国(中華人民共和国)を承認した結果、台湾とは外交関係を断絶しました。このときから台湾は日本(否、あえて日本政府としましょう)にとって「国」ではなくなったのですが、台湾は現実には「国」であり、主権と国民と領土の存在に裏付けられています。

国際正義なるものが、現実にはいかに強国の御都合主義に振り回され、普遍性を持たないか――。

日本と台湾の歴史的な絆についてはこれまで何回か書いてきました。

日本人がその道義心に恥じたくないと思うなら、今回の事態を受けて最低限なすべきことは何か。台湾のWHOへの参加を後押ししなければなりません。とりあえずはオブザーバーでもよいから「実」を取ることです。

超党派の議員連盟「日華議員懇談会」(会長・古屋圭司元拉致問題担当相)は5日、政府に台湾のWHOへのオブザーバー参加を働き掛けるよう求める要望書を提出しました。

要望書は「政治的に隔絶した国家・地域とも十分な情報と対策を共有するのがWHO本来の姿であり、台湾への対応はWHO憲章に反する恥ずべきものだ」と訴えています。米国や欧州連合(EU)も台湾のWHO加盟を支持していますが、日本人こそこの問題を看過してはならないと思います。

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